●第7回TPPと共済 国公共済会事務理事 松渕秀美

TPPの導入で「国民皆保険」は空洞化


「皆保険」のイメージは

 日本が世界に誇れるものの一つに「国民皆保険制度」があります。TPPが日本の医療制度に及ぼす影響については、様々なメデイアやソーシャルネットワークに情報が溢れています。日本政府の見解やマスコミ報道の内容は、米国は日本の保険制度はけしからんなどと言っていない、薬価の問題もそれほど心配するほどの影響は考えられない、等の穏やかな表現が目立ちます。一方、TPP反対の人たちの発言の中には、過激(筋違い)と思われる内容のものもあります。そこで、日本の皆保険制度について、皆さんはどんなイメージをお持ちでしょうか。いろいろなイメージがあると思いますが「いつでも、どこでも、誰でも適切な医療を受けられる」制度と整理すると分かりやすくなります。昨年8月に成立した社会保障制度改革推進法第6条には「医療保険制度に原則としてすべての国民が加入する仕組みを維持する」と規定しています。これでは、すべての国民が加入さえしていれば皆保険は維持されていることになってしまい、私たちがイメージする「すべての国民が適切な医療を受けられる」保険制度とは異なります。

日本と米国の公平に対する見解の相違

 日本が本格的に交渉参加したTPPは、2国間協議が本格化してきました。TPP交渉に先立って日本が米国に一方的に譲歩してきたことは、今まで見てきたとおりです。その米国と日本では医療の考え方が違うことを念頭に置く必要があります。日本では、基本的な医療は貧富に関係なく受けられることが公平と考えられていますが、米国では所得水準によって医療が変わることが公平なのです。
 米国通商代表部は「外国貿易障壁報告書」で「医療機器・医薬品」について触れ、「医療機器」の外国平均価格調整ルールの廃止を、「医薬品」については新薬創出加算の恒久化と加算率の上限撤廃等を要求しています。2国間協議で、これらの要求を日本は拒むことができるでしょうか。画期的な新薬や先駆的な医療機器の値段は確実に上がり、国民医療費は確実に増えてしまいます(米商務省は、米国以外の国が公定価格を撤廃すると、薬の市場規模は3倍と試算)。

病院が金もうけの対象に

 その次に米国が要求するのは「医療特区」に限定した混合診療の全面解禁と株式会社の病院経営の解禁です。そして、第3段階として、米国は全国一律でこれらを解禁することまで求めてくるでしょう。混合診療で画期的な新薬や先駆的な医療機器を使って高い技術の医療を提供する代わりに高い治療費を受け取ることができます。日本では病院や診療所などの医療機関は「非営利の原則」があり、お金もうけを目的とした株式会社の参入を禁止しています。しかし、米国から見れば、それは市場原理から逸脱しており許されないのです。そのため、「医療市場を外国のサービス提供者にも開放し、営利法人が営利病院を運営し、すべてのサービスを提供できるようにする」ことを求めています。株主配当のために高い収益率を求める株式会社が参入することにより、受けられる医療がお金によって変わってくるという、私たちのイメージする「皆保険」とは全く異なった制度に変質してしまいます。困ったことにTPPに関わる交渉は、秘密交渉ですすめられるため国民の知らないうちに法律が変えられ(皆険制度で言えば空洞化という)問題が徐々に進行するために気がついた時には引き返せない深みに入り込んでいるのです。

ISD条項賛成は国民への背信行為

 新聞報道によると、日本はISD条項に賛成の立場でTPP交渉に臨んでいるといいます。昨年暮れの総選挙で自民党は「政府が国民の知らないところで、交渉参加の条件に関する安易な妥協を繰り返さぬよう」6項目の判断基準を示し、そのなかに「国民皆保険制度を守る」「ISD条項は合意しない」と明記しています。日本政府としてISD条項賛成の立場で交渉しているならば、安倍自民党総裁は国民に対して明らかな背反行為をしていることになります。即刻退陣するか、TPP交渉から離脱するのが筋ではないでしょうか。

参考文献
「医療を営利産業化していいのか」
日本医師会医療政策会議 平成24年1月